#71 『~TABA×KINATN~記憶がつなぐ物語』
「なんにもない、なんにも」
田舎育ちの私は、人から自分の生まれ育った場所がどんな所なのかと問われると取り合えずこう言ってしまう、少々自虐的なのだけれど、バスが通っておらず、電車も通っていない田舎ではピックアップすることといえば何もないと言うことがある意味取り柄だったりします。
けれど、何もないという言葉の裏には非常に個人的なものが詰まっています。
それは「思い出」
他人から見たときに特記するものが何もない場所なのに、その区別がつく場所というのは限りなく個人的な思いが詰まっているのではないかと思います。
先日、KINTANの仲間たちと共に山梨の東北部に位置する丹波山村へお邪魔をしてきました。
丹波山村は1889年に発足された日本で一番小さな村で、多摩川の源流、丹波川と雲取山、飛龍山、大菩薩嶺など険しい山々に囲まれた自然豊かな村です。
今回の目的は丹波山村にあるタバカフェのスペースをお借りして1日限定レストラン「TABA×KINTAN」をおこなうこと、そしてレストランのテーマは『丹波山村の記憶』です。
村の歴史を知り、村の魅力を再発掘するというテーマをもって、丹波山村に住む人たちの記憶に着目し、コース仕立てで開催させていただきました。
レストランを行うために、今回KINTANのメンバーたちは村のおばあちゃんたちへインタビューを行い、おばあちゃんたちが昔食べていた食材や食べ方について話を聞かせていただきました。
記憶がテーマと聞くと、その当時の料理を再現することが良いのではないかとふと思います。
「あの頃食べた食材で、あの頃食べた味付けで」
言葉で聞くとなんだか伝統を守っていてそれはそれでとてもいいことだと思います。その当時を知らない人からすれば、それは一つの貴重な体験であって、非日常的な楽しみ方ができる要素がつまっていますよね。
けれど、その当時の丹波山村で食べられていた料理をただ再現するということが本当に丹波山の魅力を再発掘することなのでしょうか。
そんな思いがふと気持ちをかすめます。
以前、テレビで千利休特集というものが放送されていました。
千利休と言えば茶道、茶道といえば儀式、様式そして作法が求められるもの。
そんな連想ゲームで茶道をよく知らない私が思い浮かぶのが侘び寂び。
慎ましく、質素なものの中に、奥深さや豊かさなど「趣」を感じる心、日本の美意識というイメージが強く持たれるのが詫び寂びなのではないかと思います。
小学生のときに教科書で見た千利休の茶室は質素でこじんまりとしたもので、正に詫び寂びという言葉があてはまるものではないかと思います。そして、その詫び寂びとは対象的なものとして豊臣秀吉の黄金の茶室も紹介されていたことを思い出します。
千利休の特集が組まれた番組内ではこの秀吉の黄金の茶室についても触れていました。
小学生の頃、この黄金の茶室について教えられた話はあまり印象の良いものではなく、派手好きな秀吉らしい茶室であり、言葉は悪いけど成金趣味という風に言われていたのを覚えていました。
この番組の中でもそんな風に嘲笑するのかなっと思いましたが、そのテレビ番組へ出演していた茶道家の先生が言ったのは、私が想像していたものではなく、全く違った観点でした。
「茶道の基本は自分の持てる力を最大限に活かすことがおもてなし」
豊臣秀吉が貧しい農民の子だったということを知っている人は多くいるのではないかと思います、貧しい農民の子である秀吉は織田信長のもとで武士となり、最終天下統一まで果たしました。
そんな秀吉が持てる力で最大限に活かせるものは教養ではなく、シンプルにお金だったのではないかということ。そしてそれは天下統一を成した秀吉だからできること。
ただの成金趣味だと説明された行為が私にはある意味で切実な思いだったのではないかと思わされました。
そして、秀吉は自分が書いた手紙の最後には自分の字が汚いことを詫びる一文を入れていたというのをふと思い出す。
詫び寂びからは離れたその黄金の茶室は足を運ぶ人へ新しい体験と楽しみを与え、秀吉だからできるおもてなしをしたのではないかと思いました。
再現をするということは誰かの記憶や記された歴史を守り大切にすること、けれどその一方でそれとは違った形で伝えられたそのものを大切にし、尊敬をこめることはできるのではないでしょうか。
丹波山村に歴史があるように食文化もまた歴史を重ねてきました。
その当時では手に入れることが叶わなかった食材や調味料などを今では簡単に手に入れることができます。そして、調理の知識や磨くための技術も得ることが叶ったのが現代の私達です。
私たちが得たその豊かなものは私たちの先人が叶え与え、そして繋いでくれたもの。
私たちが今もてる力をもって、伝えてくれた記憶のレシピへアレンジを加えることは記憶を手繰り寄せてくれた人たちへの感謝の表明とリスペクトなのではないかと、確認をする。
「自分の持てる力を最大限に活かすことがおもてなし」
知らないことや足りないことはたくさんあるかもしれません、けれどなにかをしたいと思う気持ちや行動は新しい要素を蓄え、新たなものを作り、そして未来へつないでいく。
それは嘘のないKINTANのおもてなしなのではないかと私は感じました。
当時のレシピは大変慎ましいものでありました、それらのレシピはその当時の村民の皆様の生活の知恵で生まれたもの。
記憶のお裾分けを受けたKINTANは、持てる力をもって、その料理と対峙し現代的にアレンジする、それが敬意とおもてなしなのだと信じて。
この料理を誰かが食すことでまた一つ物語は生まれる
誰かの記憶が新しい誰かの物語として生まれ変わっていく
豊かな生活をおくれている私たちは先人たちに感謝の意をこめて。
「TABA×KINTAN」へは丹波山村の人や東京在住の方たちが足を運んでくださり、とても暖かな空間となりました。
ゲストそれぞれの思い出や記憶に残る物語として心に刻まれればと思います。
丹波山村で開催されたこちらのイベントは終了いたしましたが
この時に提供したコースがまた新たな形で提供されるイベントが開催されます。
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10月15日(火)/10月16日(水)
こちらの2日間恵比寿ガーデンプレイスにあるTHE KINTAN STEAKにて開催されます。
自然豊かな丹波山村から舞台を変えて、都会の真ん中で歴史と記憶を味わえるこちらのコースを堪能してはいかがでしょうか。
お問い合わせはこちら
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こちらのイベントへ足を運ばれた方々に一つの物語が生まれることを願って。
KINTANは持てる力を最大限に活かしておもてなしができればと思います。
KINTAN IN THE HOUSE 中平